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自然からの警告。無視する?

私の知り合いが趣味の自転車(ロードバイク)で公道を走行中に転倒し、
顔面を打撲し膝や手も擦傷などを負うという事故を2週間ほど前に起こしました。
ヘルメットはきちんと被っていたようで、頭部「の怪我はなかったようです。

ロードバイクの経歴はかなり長いようですが、やはり転倒はつきものです。

ところが、先週になって今度は通勤途中で他人を巻き込む事故を起こし、
その場では特に問題なかったようですが念のために連絡先は交換し、
何かあったら連絡をするように伝えたようです。

そして、数時間後に警察から連絡があり、人身事故扱いとなり
相手から被害届が出されたようです。


さて、この方、転倒して怪我をしたときに何を感じたでしょうか。

私はその時、今度は重症の怪我をする警告かもしれないから
注意した方がいいですよと一応釘を刺しました。

しかし、この事故が起きてしましました。
本人が私の忠告をちゃんと理解していたのかわかりませんが、
ちょっとしたアクシデント、インシデントは
自然からの何かしらの警告
だと気づくべきなのです。

自動車を運転していて速度超過で切符を切られて、
運が悪かった
と思うのは人の感情ですから仕方ありません。

しかし、その後が問題です。
警察を恨んでいつまでもグチグチいうのか、
次は事故を起こすかもしれないから注意しよう
と思うのか、そこで結果が分かれると思うのです。


体の痛みも同じです。痛みというのは自然からの警告です
これ以上無理すると危ないよというサインなのですが、
それには目を向けずに生活を続けるから病気になるのです。

いかにそのサインを感じられるかがポイントです 

大きな事故を起こす前には必ず何か前兆があります。
事故を起こしそうになったとか、仕事でちょっとしたミスが多くなったとか。
その小さな前兆の前にはその前兆があるはずです。
最近寝不足で仕事中に眠いとか、車の運転が荒くなったと言われるとか。

そういうことの積み重ねで自然は必ず原因と結果が付きまといます。

仏教用語ではこれを「因縁生起(いんねんしょうき)」といいます。
縁起がいいとか悪いとかいう縁起のことです。
「因」は結果をもたらす直接の原因、「縁」は外的な要因。
全ての物事には因と縁が関係しあって生起する
ということです。

本来はこういう意味があるので、縁起にはいいも悪いもないのですが
いつの頃からか異なった使われ方がされています。

「因果応報」という言葉もありますが、これは
良い行いには良い報いがあり、悪い行いには悪い報いがある
という教えです。

なので、一度悪いことが起こったら、
自分の何が悪かったのか見つめ直すことが必要なのです。



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プロフィール

あびっこ

Author:あびっこ
治療家として10年。
経験や師の教えなどを基に、
健康になるための考え方や
セルフケアなどを書いて
いきます。

アビスパ福岡を中心にプロ
スポーツのことも書いて
いきます。

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